大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 昭和33年(ワ)905号 判決

原告 中津勇

被告 永野参事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し福岡市高宮本町五十五番地の六、家屋番号東高宮百四十三番、木造瓦葺三階建店舗兼居宅一棟建坪十坪五合外二階十坪五合、三階十坪五合の家屋を明渡し、且つ昭和三十三年六月十九日以降右明渡すみに至るまで一ケ月金三万円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

(一)  請求の趣旨掲記の家屋は元訴外坂本敏夫の所有であつたが、坂本は昭和二十八年十一月四日訴外日本電建株式会社に対して負担する債務の担保として右家屋に抵当権を設定し、同月六日その旨の登記を経由した。次で右会社は右抵当権の実行として昭和三十二年十月二十八日福岡地方裁判所に右家屋の競売を申立て、同月三十日競売開始決定がなされ、翌三十一日その旨の登記がなされた。そしてその競売の結果原告は昭和三十三年五月三十日右家屋について競落許可決定を受け、同年六月十八日原告のため所有権移転登記がなされ、該家屋の所有権は原告に属するに至つたものである。

(二)  ところが被告は原告に対抗できる何等正当な権原を有しないのに昭和三十三年六月十九日以降右家屋を不法に占有し、そのため原告は該家屋を使用収益することができず毎月賃料相当額たる金三万円の損害を蒙りつつある。

そこで、原告は被告に対し右家屋の明渡を求めると共に、昭和三十三年六月十九日以降右明渡ずみに至るまで一ケ月金三万円の割合による損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだと陳述し、被告の抗弁事実を否認し、

(一)  仮に坂本と被告間に被告主張の日その主張の賃貸借契約が締結されたとしても、その存続期間は三年以上とする旨の約定がなされていたものであるから、被告は該賃借権を以て原告に対抗することはできない。

(二)  仮に右賃貸借は被告の主張するように存続期間一年と定められていてそれが法定更新されているとするならば、もともと建物の賃貸借の更新は期間も前契約と同一になるものであるところ、その三回目の更新すなわち昭和三十二年十二月二十五日の経過と共にその更新は右家屋に対する差押の効力の生じた後であるから、被告はその更新後の賃貸借を以て原告に対抗することはできない。

(三)  仮に被告が主張するように更新後の賃貸借は期間の定めのないものとなり、または期間の定めのない賃貸借が成立しているとしても、民法第三百九十五条に対する関係における期間の定めなき賃貸借は、借家法第一条の二の新設された現在においてはそれを以て抵当権者に対抗できないものと解すべきであつて被告主張のように解すべきものではないから、被告はその賃貸借を以て原告に対抗することはできない。

右何れの点からしても被告の抗弁は理由がないと述べ、立証として、甲第一、二号証を提出し、鑑定人古賀精敏の鑑定の結果を援用し、乙号各証の成立を認めると述べた。

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決並びに被告敗訴の場合の担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求め、答弁として、「原告主張の(一)の事実及び(二)の事実の被告が原告主張の日から本件家屋を占有していることは認めるが、その余を否認する。被告は正当な権原に基き本件家屋を占有しているのである。すなわち、被告は昭和二十九年十二月二十五日坂本から本件家屋を賃料一ケ月金一万円(昭和三十年四月分から一ケ月金七千円に改定)、期間一年の約定で賃借し、同時にその引渡を受けてそれに居住し引続き現在に至つているのである。従つて該賃貸借は右家屋に対する差押の効力を生ずる前である昭和三十年十二月二十五日の経過と共に法定更新されて期間の定めのないものとなつたのである。仮に右賃借期間一年の約定の存在が認められないとするならば、右賃貸借については期間の定めはなかつたものである。右何れにしても右賃貸借は原告主張の抵当権設定登記後のものではあるが、それは期間の定めのないものであるから民法六百二条の期間を超えざるものであつて、被告は該賃借権を以て原告に対抗し得るのである。右のとおりであるから原告の本訴請求は失当としてこれを棄却さるべきである」と陳述し、立証として、乙第一号証の一、二を提出し、証人坂本敏夫の証言を援用し、甲号各証の成立を認めると述べた。

理由

原告主張の(一)の事実及び(二)の事実の被告が原告主張の日から本件家屋を占有していることは当事者間に争がない。

そこで被告の右占有が正当な権原に基くかについて考察する。

成立に争のない甲第一号証の一、二、証人坂本敏夫の証言(賃貸借の存続期間に関する証言部分を除く)によれば、被告が昭和二十九年十二月二十五日坂本から本件家屋を賃料一ケ月金一万円(昭和三十年四月分から一ケ月金七千円に改定)の約定で期間の定めなく賃借し、同月二十九日その引渡を受けてそれに居住し引続き現在に至つていることが認められる。この点に関し原告は右賃貸借については存続期間一年とする旨の約定であつたと主張し、右坂本証人はそれに副うかの証言をするけれども右甲号証に対照して直ちにそれが真実に吻合することは認められず、他に該事実を認めて右認定を左右するに足る証拠はない。また被告は右賃貸借については存続期間を三年以上とする旨の約定であつたと主張するけれども、該事実を認めて前認定を左右するに足る確証はない。

そうすれば結局前示抵当権の登記後(昭和二十八年十一月六日登記)である同二十九年十二月二十五日に期間の定めのない賃貸借が成立し同月二十九日その引渡を受けていることになるのであるから、問題はかかる賃借権を以て抵当権者延いては競落人に対抗し得るかにかかつてくるわけである。

従来かかる場合の期間の定めのない賃貸借は当事者において何時にても解約の申入をなしこれを終了せしめ得るのであるから、これを以て民法第六百二条の期間を超えるものとなすことはできないとの前提の下に、同法第三百九十五条の適用についてはこれを短期の賃貸借と同視して抵当権者延いては競落人に対抗できるとされていたのであるが、昭和十六年に借家法が改正されて同法に新たに第一条の二が追加されて解約申入が著しく制限されるに至つた現在果して同様にいえるかということである。もともと民法第三百九十五条と借家法第一条の二はその立法趣旨を異にし何等相関するものではなく、また民法第三百九十五条により抵当権者に対抗し得る短期賃貸借にしても、同法の法意に徴し抵当権実行により目的家屋に対する差押の効力の生じた後に借家法第二条による賃貸借更新の時期が到来した場合は更新後の賃貸借を以て競落人に対抗できないものと解されるのである。そこで前示各法条の立法趣旨にこれらのことをも合せ考えるとき、期間の定めのない賃貸借については民法第三百九十五条の適用に関する限り従前同様これを短期の賃貸借と同視する反面借家法第一条の二は適用がなく、従つて抵当椎が実行されるとそれはそのまま競落人に承継されるが、競落人は正当な事由を有しないで何時にてもこれを解約し得るものと解するを相当とし、この点に関する原告の所論には賛同できない。

そうすれば被告は前認定の賃借権を以て原告に対抗できるのであり、該賃貸借について被告から解約申入のなされることの主張立証のない本件の場合、原告の本訴請求は既にこの点において理由がないから爾余の点について判断を加えるまでもなく失当として棄却を免れない。

よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中池利男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例